今回の事例研究は、吉祥寺にある和菓子屋さん「小笹」です。とても素晴らしい会社で、多くの学びがあると思います。
商品は、羊羹ともなかの2つだけ。「羊羹」が有名です。とってもおいしいのですが、1日150本しかつくりません。その150本を求めて、毎朝、多くのひとがお店の前に行列します。この「毎朝」「行列」は、誇張ではありません。1969年に行列ができ始めた頃から、50年間、一度も途切れたことがない。
僕のケースでいうと、始発の電車で吉祥寺に向かい、6時前に店舗に到着しました。それでもすでに、行列ができていた。
お店は、たった1坪(たたみ2畳分)しかないのですが、年間3億円を売り上げます。
想像してみてください。自分の会社に、明日の朝から急に行列ができ始めるとします。その行列が途切れることがないとしたら?お客さんのために仕事をして、お客さんに喜んでもらうことが、翌日の行列にまた繋がっていくと実感できるでしょう。それが今後、50年間つづくのです。それはきっと、気持ちよく仕事をして、成功する姿の一つだと思います。自分に置き換えて考えてみると、そのよさ/凄さがわかるかもしれません。
こんな状況は、一体どうやって生まれたのか。
そのことに触れながら、学び気づきを共有していきたいと思います。
たった1坪の店で3億円を売る、商品ライン
小笹さんのことを理解するために、まずは「3億円の内訳」について考えます。(4行ほど数字が並びますが、むずかしくはありません)
羊羹の値段は1本760円です。
1日150本販売していますから、1日の羊羹の売り上げは、38000円。
毎日販売したとして、1ヶ月353万4000円。
12ヶ月で4240万8000円です。
総売上3億円のうち、羊羹は4000万円強です。
つまり、売上のほとんどは、羊羹ではありません。
残額2億6000万円は、「最中」で生み出しています。
ここは、とても大切なポイントです。
売上の柱は「最中」です。
羊羹は、ブランドの柱。
いくら売れても、羊羹はおいしさを保つために、1日150個しか作りません。それは、作り手の矜持なのだと思います。でもその「足らないこと」が、またブランドを高め、維持し、羊羹を買いたくても買えない人たちが生まれる。その吸引力が追い風となって、「最中」が売れます。
僕はこのサイクル、お客様のことを考えて、生まれたものだと感じます。
品質の高い羊羹を作りたいから、売上が伸びることがわかっていても、羊羹の生産量を増やすことはできません。けれど、毎朝お店に並んでいる人がいる。ほしいという希望はあるけど、多くの人は買えません。
そういう状況が目の前にあったら、羊羹と同じように小豆を使う、おいしい和菓子をきっと提供したいと思うだろうと思うのです。
まず「惹きつける商品の設計をする」。
それが決まれば、会社の方向性が決まります。
すると、ある程度論理的に、お客さんが喜んでくれる商品アイデア作りを進めていくことができる。
そうやって、好循環を生み、好循環を削ぐことなく、前に進んでいく。
こういうスタンスは、(同じことができるという意味ではないけれど)とても学びになるところではないでしょうか。
さて。
こんなサイクルを生み出したのが「小笹の羊羹」です。
人を惹きつけるすばらしい商品が、あなたの手元にもあったら、と思いませんか?僕らは、小笹が羊羹を作り上げた逸話から、多くのことが学べそうです。
お客さんを惹きつけてやまない、
魅力的な商品を生み出した方法。
魅力的な商品を生み出すためには、どうしたらいいでしょう。
偶然生まれることもあるでしょうが、もうすこし積極的に、魅力的な商品と出会いたいと思いませんか。
魅力的な商品と出会うためには「アイデアを形にすること」が鍵です。
まずは「どうやったら、いいあいであにつながるのか」方法の一つを、小笹の例から考えたいと思います。
小笹の羊羹を生み出したのは、先代の店主 伊神照男(いかみ てるお)さんです。
伊神さんは、かなり研究体質でした。
小笹を創業する以前、戦前から、都内のあちこちに和菓子を買いに行っては、味を研究していたそうです。
それで、たとえば一見普通の白いお団子の中に、ほんのすこしだけ桜を練りこんで香りをつけるなど、さまざまなアイデアを生み出しました。
小笹の羊羹は、
「ポクポクした芋羊羹」「ネチネチした普通の羊羹」
「プリプリした食感の錦玉かん」「口の中ですーっと溶ける水羊羹」という、
代表的な羊羹のどれでもない、この4つの特徴が交わる、ちょうど真ん中にある羊羹を形にしたものです。
さまざまな「多くの人によろこばれている商品」を研究することで、お客さんが何を求めているのかを理解することができます。そして、そこから「コンセプト・アイデア」を生み出すことができる。
研究して、アイデアにつなげる。
僕はこの話から、建築家の安藤忠雄さんの物語を思い出します。
安藤さんはボクシングをやったあと、建築家を志します。一般的な建築家になるための道筋は、学校に通うことでしょうか。でも安藤さんは、大学にはいきませんでした。大学に通うためのお金を貯めますが、そのお金で、世界中の有名建築を訪れる旅をするのです(大学で学ぶ教科書を全て買い、独学で建築を学んだそうです)。世界中のすばらしい建築を見て、スケッチをする。優れた建築を、体の中に吸収するのです。
安藤さんの建築家としての最初の仕事を、ご存知ですか。
「住吉の長屋」といって、初めから日本建築学会賞を取得しています。長屋の真ん中に庭があるのですが、それはつまり、部屋から部屋へと移るとき、一度庭に出なければいけないことを意味します(雨の日は、傘をさして、移動するんです!)。今はさすがにエアコンをつけたそうですが、当時はエアコンもついていない。
非常識なものですが、美しく、素晴らしい建築です。
こんな建築を、最初の作品から作れたのは、もちろん、安藤さんの才能もあったでしょう。けれど同時に、修行時代に世界中の建築を研究してまわったことが、かなり力になっているはずです。だって、海外に出ず、大阪の普通の住宅しか見たことがなかったら、コンクリート打ちっ放しの、素敵な建築の発想なんて思い浮かばないかもしれません。
きっとローマのコロッセオや、ノートルダム寺院などなど、「いいもの」を実際に見聞きし、体の中に蓄積した。だからこそ、そこから新しい発想が生まれてきたのです。
先輩たちののこした仕事が、次のアイデアの種になる。
小笹の商品開発も、このプロセスと同じです。
「現物を研究して、アイデアを生み出す」
僕がコンサルティングするときには、ファシリテートしながら、コンセプトアイデアを生み出していきますが、「アイデアを、偶然だけに任せずに手に入れるプロセスを、自分なりに持つこと」はとても大切なことだと思います。
自分のアイデアを形にする、
強い意思が鍵
もう一つ、「小笹の商品」の話で印象的な話があります。「羊羹を作る工程」と「修行の頃の話」です。どの仕事も、いい仕事は、意識的/無意識的な「微細な工夫の積み上げ」で成り立っていると思いますが、小笹の羊羹も、そう。
砂糖は大粒の方が、なめらかな甘さになる。
水選び。
小豆は季節によって、天候によって変わる。
小豆を煮るときの火加減。
小豆をかき混ぜる時の、鍋の底にできる薄い膜の話。
完成の瞬間に、紫色に輝く餡。
修行時代の、先代との厳しいやりとり。
羊羹のおいしさは、高い技術に裏打ちされています。
そして、この話から、「コンセプト・アイデアを形にするときに、やりきること」の大切さにも気づくことができます。
コンセプトを考えず、「アイデアがないまま、ただがんばる」のもダメですが、
「アイデアがあるのに、形にした時のクォリティが、不十分」
なことも多いと思うのです。
僕は「アイデアを出し、クォリティも大切にすることから、はじめて生まれる価値」があると感じています。
「こんな商品を作ろう」と、コンセプトを出す。それを形にしてみると、何か不足を感じます。そこでもう一度、作り直してみる。作り直したものも、何かが違う。
そんな「産みの苦しみ」の期間に、実は、最初に考えた「コンセプト・アイデア」が豊かに育っていく。全く違うものになるわけではない絵けれど、ぼんやりしていたイメージの輪郭がはっきりして、中身が見えてきます。時に思いもつかない具体的なアイデアがくっついて、飛躍します。
もしも元々高い技術をもっているならば、コンセプトをすぐに形にできるかもしれません。けれど、思いに技術が追いつかないことも多いと思う。そういう時に、思い描く商品をお客さんに提供するため、試行錯誤をする。試行錯誤を続ける意思の力が、商品にオーラのようなものをまとわせるのだと思います。
小笹の事例から学べることはたくさんあります。
自分は何を作って成功しようとしているのか。
そのためにどんな工夫をするのか。
是非そんなことを考えてください。
クライアントさんの中には、一緒に「新しい価値を提供する」ためアイデアを出し、頑張っている方が大勢います。
こんな記事を読んで、「自分の思いに沿った、他とは違う特別な価値を提供したい」と思う経営者さんと出会いサポートができるのを、僕は楽しみにしています。
あ、小笹の羊羹は、冷蔵庫に入れてよく冷やしたほうがおいしいと思います!
参考資料:
・「1坪の奇跡」(稲垣篤子著)
・「ちっちゃいけど、世界一誇りにしたい会社」(坂本光司著)
・「吉祥寺「小ざさ」は世界最強のビジネスである!」(三浦崇典執筆 ダイヤモンドオンライン記事)
<事例研究について>
事例研究にとりあげるビジネスは、いまの時点で、僕にとって魅力的に見える会社や個人です。ただ、事例になっているからといって、このビジネスが「ずっと永続的な成功が約束されている」わけではありません。経営は、どこかに「成功」というゴールがあるわけではなく、ただただずっとつづくプロセス。いろいろなことがあります。だから、業績が(良くも悪くも)変化することはあるでしょう。けれど、それでも僕は、これらのビジネスから学べることがとても多くあると思い、この文章をここに掲載しています。あなたも、この文章から何かを感じたら、その自分が感じた何かを大切にしていただけたらと思います。その感覚は、本物だからです。